科学と教育

科学は驚くほど自己変革的です。


そのため、社会に存在する種々の制度の中で特有であり、物質的生命と文化のすべての技にかぐわしい香りを与えるまでに外向きに広がるのです。


今日の社会的、経済的、政治的状況は、科学・技術の革新的な圧力の結果と考える外に理解しようがありません。


科学と社会との関係は古く、かつ深い根をもっています。


その根は、学問の世界における伝統的な起源に戻ることによって初めてたどることが出来ます。


しかし別の面を見ると、社会との関係や研究開発(R&D)システムの種々の要素・・・


科学者集団の数世紀に及ぶ成長、研究の形態がアカデミズム科学から産業化科学に移る傾向、経費や装置、科学政策への関心の大規模な増大、科学が戦争や平和のあり方により深く関わること・・・


その他の時代と共に変わる条件などの相互関係に基本的変化が起こっています。


という訳で、科学史は改革された科学カリキュラムに加えるのに適したトピックです。


これに原理的に反対する人は、頑固な技術主義的現実論者だけです。

網走にて

「咋日は気まぐれ流氷がまた接岸して、餌場を失ったゴメ(オオセグロカモメ)が飛び交っているといっていましたが、今日病院の三階から見る海はエメラルドの様に輝いて、水平線だけがテープを張ったように真白です。


まもなく蜃気楼が見えるようになるでしょう」。


これは流氷が岸を離れる頃に入院した、網走の知人からの便りです。


いつか見舞いに寄ったときは、まだ真白な流氷で、「この方向に屡気楼が見えるんです」と言われていました。


氷を浮べた冷たい海水と、暖かい春の大気の間にできる蟹気楼は、流氷が沖に見えなくなった頃に沖に現われるのだそうです。


網走という地名は、網走川の河口にある立岩に名付けられたもので、祭壇のある島という意味のチパシリからでたといわれています。


昔、海漁に出るときに、この立岩に豊漁と平安を祈願したところであるといいます。


「昔、白い大きな鳥が、"チパシリチパシリ"と哺いてとんだ」


・・・とか、この岩の上で神様が"チパシリチパシリ"といって踊ったなどという伝説があります。


地名の意味がわからなくなると、伝説がつくようですね。


この街は裏通りに入っても、整った静かなたたずまいを見せていて、めずらしく私の好きな街の一つです。


札幌ツアーもいいですが、私としてはぜひ網走をおすすめします。


海の境界線 8

さらに、アラブ首長国連邦とイランが、両国間を隔てるペルシャ湾のちょうど中間に位置するアブムサ島の所有権をめぐって争っています。


この島は長い間、両国共同の管轄下におかれてきましたが、最近になってイランがこの領域を併合し、そこに居住していた一般市民を追放したのです。


アラブ首長国連邦は当然抗議しましたが、その後いっこうに解決の糸口は見えてきません。


一方、紅海では、エジプトとスーダンが、豊富な石油地帯であるポート・スーダンの南方にある海域をめぐって敵対関係にあります。


直接の争因は、今世紀初頭に大英帝国の手によって、中東の地図の上に引かれた国境線でした。


この争いに決着がつくまでは、どの石油会社も動こうとはしなかったものの、両国とも同一海域の特権を要求していました。


残念ながら、いまもって両国は互いに譲らず、関係は悪化の一途をたどるばかりなのです。

海の境界線 7

同じことが、タイランド湾でも行われています。


ここでは、ベトナム、タイ、マレーシア、そしてカンボジアが豊かな海底石油をめぐって、敵対関係にあります。


インドネシアとマレーシアの間では、シバダン、リジダンと2つの小島が紛争の主因となっています。


インドネシアは、石油の豊富なティモール海溝の所有権をめぐって、東ティモールがインドネシアの領域になるかどうかは、東ティモール自身の判断に委ねるべきだとするポルトガルとも、問題をかかえています。


そして、日本の北方にある千島列島は、もう50年もの間、旧ソ連と日本の間の争因となっています。


千島列島の西にあるオホーツク海には、石油が埋蔵していると考えられており、それが事情をよけいに複雑にしているのです。


石油の豊かな中東諸国でも、意見の相違が生じていました。


たとえば、アラビア湾の島国であるバーレーンは、カタール沖にあるハワール諸島に注目していました。


この島々はしかし、豊富な石油地帯であるため、カタールはそうやすやすと譲り渡すようなことはしません。


結局、この2国間の海洋上の境界の決着は、国際司法裁判所の判決に委ねられることとなったのです。

海の境界線 6

こうしたさまざまな主張の裏側にある根拠を調べていくと、おもしろいことがわかります。


たとえば、中国が島々を占有するにあたって、北京は、そこに気象観測所を設置するという名目をつけました。


また、マレーシアは、その地域を観光化することに大いなる熱意を傾けることで、そのいくつかの島々の占有を、当然のこととしていました。


他方、フィリピンは、もっぱら「環境保護」にやっきになりました。


結局どの国も、この領域の石油が潜在的な役割を果たしていることには、触れようとしなかったのです。


これらの国すべてが満足する方法などあるはずもないのですが、交渉を避けていては問題がこじれる
ばかりであると考えた各国は、非公式に会合をもつようになりました。


そして、スプラットリーだけではなく、他のアジアの群島も考慮に入れることで、問題解決の糸口を見いだそうとしたのです。


しかし、他の群島も同じように問題をかかえていました。


たとえば、スプラットリーの北方にあるパラセル諸島(西沙諸島)をめぐって、中国とベトナムは争い合いました。


中国は、東シナ海にある尖閣諸島をも、日本と台湾がその権利を主張しているにもかかわらず、占有しようとしていました。


これらの地域でも、やはり潜在的な石油の有無が、地震学調査を通して問われていたのです。

海の境界線 5

これらの国々の間で問題となっていたことがらのうちでも特に、石油に関する問題は、紛争に発展する危機をはらんでいました。


1988年中国軍が「ベトナムの」ものとされる群島に上陸した際、ベトナム側と衝突しました。


この紛争は短かったものの、ベトナムの監視船が2隻沈み、多数の死者を出しました。


当時、およそ7つの島々を所有していた中国は、スプラットリー諸島に関しては、鉄のような意思をもっており、繰り返し「反駁不可能(絶対的)な主権」を強調しました。


他の国々は、中国のこうした動向を懸念してはいましたが、譲歩しようとはしませんでした。


台湾も、スプラットリー全域の権利を主張している国の1つで、所有している島はそのうちの1つだけでありましたが、1950年代からずっとそこに居続けていました。


中国の大敵であるベトナムは、およそ20の岩礁と島々に軍を駐屯させていましたが、マレーシア、フィリピン(2国とも各々の小島に軍隊を送り込んだ)と、この問題について話し合う意志があることを、両国に示していました。

海の境界線 4

悪いことに、石油を埋蔵している大陸棚のどの海域もが、国際的紛争の原因となる可能性を秘めた、あるいは、それがすでに起こってしまった地域でした。


国際司法裁判所の決定は、この状況の緩和にあまり役立つものではなかったのです。


北海に関しては有効であったかもしれませんが、法廷の定めた協定の多くは、当事国が最大限の分け前を得ることができるようにと各々の言い分を聞いているうちにかえって問題を紛糾させてしまいました。


ほどなく、石油の豊かな北海で発生した問題が、世界各地で続発するようになりました。


南シナ海のスプラットリー諸島(南沙諸島)は、33余りの島々と、400の暗礁や環礁から成っている、それまでどこからも注目を浴びたことなどなかった場所です。


スプラットリー諸島周辺の大陸棚が、石油についてどうやら有望らしいということがわかったとたん、事態は一変したのです。


突然、中国が、この諸島は太古より中国のもので「譲渡不可」な領域であると主張したのです。


そしてなんと、台湾とべトナムも同じことを言い始めたのです。


ほとんど時を同じくして、マレーシアとフィリピンも動き出しました。


両国は、ただ文書で主張するのみならず人工の小島をつくり上げ、それが海面から顔を見せているようにして、急ぎ軍隊を送り込むことまでしました。

海の境界線 3

数か月後の1969年末、北海で初めての油井が発見されました。


同時に、いくつかの井戸が掘られていたのですが、すべて空であったため、ここには石油など全然ないのではないか、という見方が大勢を占め始めていた時でした。


しかし、ノルウェー南方にあるエコフィスクという海域から、水深200メートルの地点で、信じられないような量の石油が出てきたのでした。


その後、毎月ほぼ1回のペースで、続々と新しい発見が重なるようになってからは、事態は急速に進行しました。


さいわいなことに、すべての境界線は、各国間で決着済でした。


もし北海周辺の国々が、石油のことを前もって知っており、富の分割を議論したとなると、ここにいたるまでには、はるかに長い時間を要したでしょう。


海洋法をめぐる事態は、しかしながら、けっして楽観できませんでした。


1970年代初頭のエネルギー(石油)危機は、それまでの安価な石油の時代を追いやってしまいました。


1バレル当たり1ドル以下だった価格が、10ドルにはね上がり、のちに20倍以上になってしまったのです。


結果として、海上油井の探求は、それまでになかったほど重要になりました。


沿岸諸国は、めぐり合わせがよければ、彼らの大陸棚が、金脈に匹敵するような価値があることに気づき始めました。

海の境界線 2

この3か国から代表が集まり、なんとか結論を出そうとしましたが、交渉ははかどりませんでした。


結局、彼らは、この問題をハーグの国際司法裁判所へ持ち込み、暗礁に乗り上げてしまった話し合いを解決しようとしました。


7か月後、法廷は答えを出します。


判決は、等距離分割が絶対的な取り決めではないというドイツの見方に、基本的には合意していました。


そして、沿岸の地形であるとか、対象となる大陸棚の地質学的構造などの要素も、考慮に入れるよう勧告しました。


また、ある一定の釣り合いを考えた、具体的な数値を割り出すべきであることも勧められました。


結局、ドイツは、オランダとデンマークを足し合わせた国土よりも、はるかに大きな国であり、海岸線が凹んでいるからなどという事実は、その海の宝を分けるのに、たいした妨げにはなりえなかったのです。


判決どおり、その後、すぐに3か国間で取り決めた境界線で、ドイツはより大きな分け前にありつくことができたのでした。

海の境界線

海の境界線をめぐって、世界各国で激しい論議が行われました。


しかし、なぜこうした問題が起こったかを理解するのに、それまでの取り決めをめぐる背景は考慮に入れられませんでした。


イギリスとの共通の中間線を検討するために、デンマークとオランダは、ドイツとの境界線を、両者の海岸線から等距離になるようにし、結果として、両国の取り分が、北海の大陸棚のなかでも、広大で豊かな海域に網を張ることができるような約定を取りつけようとしました。


しかしドイツは、もしもそれに合意してしまうと、ドイツの海岸線は、他の2国よりも凹んでいるために、ドイツの領域はほんのわずかなものとならざるをえず、あてにしていた資源を、みすみす譲らざるをえなくなることを悟ったのです。


等距離分割は、けっして絶対的な取り決めではないと、ボンでは反対の声が上がりました。


御多分にもれず、ドイツも海上油井に大きな期待をもっていた国でしたが、オランダとデンマークの提案は、それをまったく否定するものでした。

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